南画の巨匠 河野秋邨
社団法人日本南画院会長・理事長の日本画家
明治23年8月8日愛媛県新居浜市に生まれて本名循。明治40年京都に出て、45年京都の田辺竹邨に師事し、南画を学ぶ。田辺竹邨、山田介堂、池田桂仙ら京都南画壇の元老とともに日本南画院を結成。同人として出品する一方、その運営にあたる。同院は昭和11年に解散となったが、松林桂月、矢野橋村らとともに35年日本南画院を再興、理事長となった。また大正12年中国を巡遊して以後、たびたび中国、朝鮮半島に渡航。戦後43年にはアメリカ各地で講演と実技指導を行なう。日本南画院再興後は、46年パリ、47年ボストン、53年オーストラリアのシドニー、キャンベラ、58年ブエノスアイレスなどで日本南画院展を開催。このほか、57年日中国交回復10周年記念合同展、58年、60年の日ソ合同美術展、61年日中ソ三国合同展の開催など、国際文化交流にも大いに尽力した。「寒影湛」「寒風嶺」(以上40年)、「富獄騰霊」「幻想★湖」など大作を多く描き、近年は「コーカサス紀行」など、ソ連コーカサス地方の風景を描いている。51年日本学士会名誉会員となり、59年京都府文化功労賞を受賞した。没後の同年5月中国東方美術交流協会より最高栄誉賞を受賞した。